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広島地方裁判所 昭和27年(行)20号 判決

原告 真鍋嘉一

被告 廿日市労働基準監督署

主文

原告の本訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は(一)訴外新光レーヨン株式会社大竹工場が原告を解雇したことに関し原告が被告に対してなした異議申立につき被告が昭和二十七年五月二日なした異議申立却下処分を取消し変更する。(二)被告は右訴外会社に対し原告に昭和二十六年十月四日より原状回復に至る迄一ケ月金七千五百円の割合による休業補償をなすべき旨の命令をなすこと(三)訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求めその請求の原因として、原告は訴外新光レーヨン株式会社大竹工場の工員として勤務していたが、昭和二十六年九月十七日職場環境の改善について関係監督者に申入をしたところ右会社は之を快しとせず、原告にことさら同会社診療室で診断をうけさせ、その結果神経衰弱として二週間の休業を命じ、同年十月十七日更に同様の診断の下に引続き二週間の休業をなさしめ同月三十一日に至つて一ケ月分の賃金相当の手当を支給した上理由を明示しないで解雇する旨を告げた。その為原告は不安の裡に日を送つていたがそのうち昭和二十七年四月二十八日右会社に対し元通り就労させてくれるよう申出たところ同会社は昭和二十六年十月三十一日附で労働協約にいう成業の見込なき者として解雇したのであるから再採用はできないとして応じてくれなかつた。そこで原告は右会社が原告を病気でもないのに計画的に病気として取扱い而も当初は業務上の疾病の如く扱い乍ら果ては労働協約に基き解雇したことを理由に昭和二十七年五月二日被告に対し異議申立をしたところ、被告は右解雇は致し方ないとして即時口頭で之を却下した。然し乍ら右会社が原告を解雇したことは労働基準法第十九条に違反するから、被告においてこの点を調査せずに原告のなした前記異議申立を却下したのは不法である。又右会社がした解雇は不法で効力を生じないから被告は右会社に対し右解雇の日以降原状回復に至る迄一ケ月金七千五百円の割合による休業補償をなすべき旨の命令をなさなければならない。よつて請求趣旨記載の判決を求めるため本訴に及んだ次第であると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めその理由として、被告には当事者能力がなく又請求の趣旨(一)については原告が訴外新光レーヨン株式会社大竹工場から解雇されたからと云つて解雇が違法であるとして被告に対し異議申立をなし得るとの法令上の根拠はなく強いて考へれば原告のなしたと云う異議申立は労働基準法第百四条にいう申告の趣旨ではないかと解せられるがそうであるとしても斯様な申告は前記訴外会社が労働基準法に規定する解雇制限に違反したとの犯罪の申告に過ぎず労働基準監督官の監督権の発動を促がす効果をもつに止まるものであるから被告において之を却下したとしても行政処分と云うことはできないし請求趣旨(二)について行政庁の不作為に対し作為を命ずる裁判を求めるものに外ならず違法な行政処分に対する訴でないから原告の本訴は不適法であると述べた。

理由

先づ被告の当事者能力の存否について考へるに、労働基準監督署は労働基準監督官が行う事務を統括する所謂官署に過ぎず、公法私法上の法律関係の主体たり得ないし、又行政事件訴訟特例法に所謂行政庁とは直接外部に対し国家の行政意思を決定しこれを表示し得る権能を有する行政機関をいうものと解すべきところ労働基準監督署自体は斯様な権能を与えられていないから如何なる訴訟においても当事者となり得る能力を有しないと云う外なく、従つて当事者能力を有しない被告に対して出訴された本訴は訴訟要件を欠く不適法なものとして却下を免れない。

なお被告の表示を誤つたものとして被告を労働基準監督署長に変更したとしても請求趣旨(一)については、原告主張の様な異議申立をなし得ることを認めた法令上の根拠はなく仮令労働基準法第百四条にいう申告の趣旨であつてもその申告は労働基準監督官の監督権の発動を促がすに止るので、原告のいわゆる異議申立を被告が却下したとしてもそれは原告の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものではないからそれを目して行政処分と云い得ず、従つて取消訴訟の対象となり得ないし又請求趣旨(二)については行政庁に対し作為を命ずる裁判を求めるものに外ならず、一般に裁判所が行政事件に関する裁判権をもつているとは云つても裁判所は三権分立の建前上自らその審判権に限界を画すべきものと考へるを相当とし、行政処分が違法かどうかを判断する域を超えて行政庁に作為を命ずることはその限界を逸脱するものであつて許されないと解すべきであるからいづれにしても原告の本訴は不適法なるものと云う外ない。

仍つて本訴は不適法なものとして却下することとし、訴訟費用について、民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 柴原八一 柚木淳 森川憲明)

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